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コラム
 
人材の確保 〜介護の価値を再定義する〜
日本総合研究所 紀伊 信之

 構造的な介護人材不足が続く中、入居者・利用者確保以上に、働き手の確保が事業者にとっての重要課題となっている。コロナ禍によって、飲食や宿泊などのサービス業の多くは苦境に立たされているが、こうした他業界から介護業界への人材流入は限定的な模様である。リーマンショック時には一時的に他業界からの流入が増加したが、今回のコロナ禍では、就業者数としてボリュームが大きい事務職や製造業従事者への影響が限られることも背景にありそうである。いずれにせよ、更なる高齢化と生産年齢人口の減少により、人材確保は今後ますます難しくなることは確実である。今後の介護業界における競争とは、人材を巡る競争だと言っても過言ではない。

 人材確保の競争といっても、求人の媒体やメッセージだけの問題ではない。もちろん、それらも重要である。筆者らは、令和2年度の厚労省老健事業「地域ニーズを踏まえた専門職確保に向けた調査研究事業」(https://www.jri.co.jp/page.jsp?id=38672)にて全国の介護・医療事業者にヒアリングを行ったが、人材確保に成功している一部の法人では、SNSやブログなどのデジタルメディアを活用し、成果をあげていた。さらに、どのような媒体が募集活動に効果的であるか、試行と検証を繰り返し、施策を磨いている法人もあった。

 しかし、これらはあくまで表層部分に過ぎない。より重要なのは、それらの媒体で「語れる内容があるか」である。人材採用市場において、働き手から選ばれる要因を作り上げているか、と言ってもよい。給与水準は介護報酬に規定されるため、大きな違いを作り出すことはできない。結果として、他法人と差別化できるのは、法人としての理念、サービスの特長、職場の風土、働き甲斐といった待遇面以外の要素となる。

 潜在的な働き手候補から選ばれる要因は、現在の働き手がそこで働き続ける要因でもある。新たな人材の採用を拡大するには、現在の従業員に働き甲斐をもってもらい、満足度を引き上げることが重要である。先述の老健事業では、転職経験のある介護業界の就労者へのアンケート調査も実施したが、転職時に活用した情報収集手段として、「ハローワーク」(42%)、「転職サイト」(29%)、についで「介護関係の知人・友人・同僚の口コミ」(25%)の影響が大きいことも確認された。働き甲斐を感じ、満足している従業員は、間違いなく人材獲得の強力な武器となる。

 また、地域においてリーダー的な役割を果たす法人においては、単に「地域の人材を取り合う」だけではなく、「働き手の裾野(パイ)を広げる」という発想を持つことが極めて重要である。介護福祉士養成校の日本人入学者数が過去5年で実に2,000人以上(約35%)も減少するなど、若者から見た介護職のイメージは危機的な状況にある。介護の魅力を伝え、介護職の社会的な地位を引き上げることは介護事業を長期的に継続していくためには死活問題である。国任せにせず、地域の他事業者や自治体とも連携しながら、中長期的且つ戦略的に取り組むべきであろう。行政においても、従来、介護人材確保は都道府県の役割とされてきたが、第八期の介護保険計画では介護人材確保が明記されるようになり、市町村もようやく本気で取り組み始めたところである。

「働き手の裾野を広げる」際に重要なことは、介護という仕事の「価値」を再定義することである。介護の仕事が従来の「お世話すること」のままでは、数多くの仕事の中から介護という仕事を選んでもらうことは難しいことはこれまでの実績が示している。一部の事業者は「利用者を元気にする」「社会参加を促し、役割を持ってもらう」「その人らしい最期を支える」等の新しい「介護の価値」を追求し始めている。こうした法人・事業所で提供される介護の仕事は、専門性と創造性にあふれた魅力あるものとして、他業界からも人材を引き付ける力を持つ。自法人が提供するサービスの価値を再定義し、市場のニーズに応じてアップデートすること。これが、回り道のようで、人材確保におけるもっとも重要なことではないかと思う。

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