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コラム
 
 権威 
  ラザロ会江口クリニック
院長 江口 隆彦 氏

 我が竹庵のある白鳥交差点周囲には、大王陵が群集しています。日本武尊白鳥陵、安閑陵、清寧陵、仁賢陵、応神陵、その他埋葬者も知れない多数の古墳。いわゆる古市古墳群です。開業当初は、これらが住宅であったらもう少し患者さんも増えるのにと思っていましたが、最近では過労死予防のよい散歩コースになっています。応神は15代天皇ですが、それまでのヤマト政権に変わる新たな王朝の初代とする説もあります。考えてみれば、大学時代も神武初代天皇と多数の墳墓(明日香古墳群)に囲まれておりました(学生時代は、夜中に、石舞台古墳をトライアルバイクで攻略したりしていました)。また、白鳥交差点は、日本最古の国道、旧竹之内街道上(今では、車の対向もできませんが)にあり、この道はヤマトに通じているのでした。白鳥の由来は、東征を終えての帰還途上、伊吹山で荒ぶる山神に祟られて落命した日本武尊が白鳥に姿を変えこの地に飛来したとか。彼の辞世の歌が、「倭は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 倭しうるわし」と我々にはおなじみの歌ですので、基本的な「倭環境」は、開業しても以前とあまり変化がないようです。このあたりは、「近つ飛鳥」と呼ばれ、実際に、飛鳥という地名もあります。違いはといえば、二上山に落ちる夕日をみていたのが、こちらからは二上山に朝日をみるようになったことでしょう。

 二上山を裏側から見るように、開業して、同じ疾患を反対側からながめると少し感覚が変わってくるようです。大阪南病院の頃は、頚椎病変で「根症状は手術しない」などという整形外科的方針は、「下手くそな外科医の言い逃れ」のように思い、さっさと手術してけりをつけましょうと考えていました。ところが、竹庵を訪ねてこられる皆さんは、手術がお好きでない方や諸般の事情で入院手術が困難な方が多いようで、ご希望にそって保存治療をしていきますと結構何とかなるもので驚いています。整形外科的方針にも一理あるのだなというふうに思うようになって来ました。

 この頃思うことは、患者さんの受診経過が勤務医時代に考えていた以上に種々多様だということです。肩こりで、大きな病院を初診されMRIをとって「何もないよ」といわれるのが好きな方もいますが、椎間板ヘルニアで怪しげなカイロプラクティスに行って、背骨をボキボキ鳴らして症状を悪化させる方も多く、胡散臭い呪い師を訪れ「それは前世の因縁じゃ、貴方は呪われている」と告げられ鬱病を併発される方まで各々様々です。

 開業医の待合室は、俗信、迷信の類に充ち溢れています(倭環境だからでしょうか?)。「尿があわ立つと糖尿病」、「血圧の薬を一度のむと一生のみ続けなければならなくなる」、「関節の水を抜くとクセになる」、「腰の手術をしたら歩けなくなる」、「頭の手術をしたらアホになる」等々。「なんたる無知蒙昧か、この蒙を解かねば」と最初は力んでいた私ですが、最近は柳田国男気取りで、これらの民話のルーツ探しを楽しんでいます。これらの素朴な民間信仰に加えて、この頃では新興宗教(TVの健康番組:アルアル大辞典、ミノモンタ氏やビートタケシ氏の番組等)の信者も増えてきたようです。近所の薬局の経営者はTV番組欄を毎週チェックして、これらの番組に合わせて商品を仕入れて置くそうです。当院では新患が増えて喜ばしい反面、同じ説明に疲れるので痛し痒しというところです。私の権威は、ミノモンタより劣るのかと、少々複雑な思いもないではありません。

 これらを少々大仰に表現すると、近年流行の「権威の崩壊」の一つといえるのかもしれません。教師の権威の崩壊は、学級崩壊をきたし、宗教的権威の崩壊は、倫理・道徳の崩壊をもたらし、国家の権威の崩壊は社会的混乱につながるそうです。したがって、上記の受診プロセスの混乱は、医師の権威の崩壊の初徴とも思えます。

 権威とは、強制を伴わない社会集団内の合意だそうで、強制を伴う場合は権力というそうです。権威は、何によって形成されるのでしょう?社会学的、心理学的には、様々の難しい議論があるようですが、結局は、過去の実績に帰結されるのではないでしょうか。物理学者と気象科学者は、一般の人の感覚では、前者のほうが科学者としての権威を認められているように思います。おそらくは、前者は予測可能なfieldであり、後者は関与する要素が多いが故に明日の予測もかなわぬものなのでしょうが、結果として、片や、核爆弾はさておき、原子力発電に寄与し、太陽系の惑星、衛星に何年もかけてロケットを命中させるのに対し、片や、明日の傘の必要性の予言も危ういからでありましょう。とすれば、私達の権威も、ひたすら、患者さんの満足度(顧客満足度)に規定されるものなのでしょう。MRIのような近代兵器の権威を借りることもかなわぬ弱小診療所にとっては、一人ひとりの患者さんの要求に一つ一つ応えていくことこそ唯一の権威への道なのでしょう。少々ポピュラリズムに傾くきらいはありますが・・・。

 白鳥陵は、規模に比してその濠が大きく、古墳にしては珍しくその墳墓全景がよく視野に映ります。古代の権威(権力?)を前に、その広濠に遊ぶ鴨達を眺めながらとりとめのない思いが浮かぶ最近の冬の散歩道です。
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