家庭医のクリニックづくりと、そのネットワークを支援しています

ホーム 会社概要 事業概要 お知らせ コラム リンク
コラム
 
 あるがん患者さんの死を通じて(1) 
  菜の花診療所
山寺 慎一 氏

 今の診療所にやって来てもうすぐ5年になります。
初めて在宅医療に携わり、病院という建物の外で行われる医療の範囲の広さ、時間の長さを目の当たりにし、その現場に圧倒されました。それから、在宅医療の最終段階としてターミナル・ケアも積極的に関わりたいと考えるようになり、緩和医療の勉強をして訪問看護の体制を整備しました。在宅での看取りも徐々に増え、昨年は16名の患者さんが自宅でお亡くなりになりました。

 在宅療養支援診療所として一応の格好はついているように見えますが、実のことを言うと、私自身はつい最近まで在宅での患者さんの死を肯定的に受け入れることができませんでした。患者さんを治すのが医者の仕事で、患者さんの死は医療の敗北だという考えを拭い去ることができなかったのだと思います。病院で亡くなる患者さんは、治すという目的で入院するが、結果的に残念ながら目的が果たされずに亡くなる。まあそれは仕方ない。では在宅ターミナル・ケアはどうだろう。家で死ぬのが目的でそれを助けるのが医者の仕事? もちろん患者さんや家族が望んでいるのだから、当然それに沿うのが医療者の役目です。分かってはいるのですが、ずっと違和感がありました。その違和感は患者さんが亡くなったとたんにはっきり表れてきました。自分の中でその患者さんが占めていた部分が急に無くなって空しくなり、その後だんだん苦痛に感じてくるのでした。だから私は患者さんの死を振り返ることが苦手で、訪問看護師にグリーフ・ケアなどを任せっきりにしてしまっていました。

 一昨年の話です。重度の慢性呼吸不全を患っていたAさんの呼吸困難がひどくなり、胸部X線写真を撮影したところ、明らかに肺がんと思われる大きな腫瘤が見つかりました。Aさんは80歳代の男性で、もともと家の中をわずかに動くだけでもひどい息切れがあり、酸素を吸いながら一日中呼吸困難と闘う生活だったのですが、認知症の妻が入院して独居生活になってから急に衰えが目立っていたのでした。総合病院の呼吸器科に紹介しましたが、一般全身状態が悪く積極的な治療の適応にならないという回答でした。残念でしたが十分予想された内容でした。あとは残された時間をどう過ごすか考えなければなりませんでした。私はまだ在宅で生活できると考え、ケアマネジャーと家族に在宅生活の続行を提案しようと思っていました。(つづく)
ページの上へ