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コラム
 
 あるがん患者さんの死を通じて(2) 
  菜の花診療所
山寺 慎一 氏

  末期の肺癌と診断されたAさんの今後のケアの方針を相談するため、Aさんとその家族、そしてケアに関わるスタッフを集めたケア・カンファレンスを開催しなければなりませんでしたが、Aさんの二人の娘さんはいずれも遠方に住んでおり、家族とスタッフが全員一同に会することが不可能で、止むを得ずスタッフだけのカンファレンスを開催し、私と家族との面談を別に行うことになりました。しかも姉妹が二人とも来られる日がなく、別々に面談することになってしまいました。家族やスタッフの意思統一は緩和ケアが成功するための重要な要素ですが、Aさんの場合意思統一を後回しにして行動を始めなくてはならず、不安を抱えた状態でのスタートでした。

 スタッフとのカンファレンスで私は病状と予後を説明し、ケアの内容を充実させればまだ在宅で生活できるだろう、その後は入院になるだろうが家族の協力が得られれば在宅を続けるかもしれないと話しました。このときに担当のケアマネジャーは、こんな大変な病気なのにすぐに入院して治療しないのはおかしいのではないか、という意見を述べました。私はたとえ入院しても治療法がないし、入院するにしても家族とよく相談してからだろうと話しましたが、看護師ではないこのケアマネジャーにとって入院しないのは納得できないことのようでした。

 娘さんは二人ともこの事態を冷静に受け止め、一人はしばらくの間Aさんと同居してくれることになりました。Aさんは病院ですでに病名を知らされていましたが、自分でもある程度予想していたことで仕方ないと受け入れており、しんどさと思うように動けないことだけ何とかなればまだ家でも大丈夫だと言いました。

 こうして一応在宅での緩和ケアがスタートしたのですが、娘さんは多忙で家を空けることが多く、その間ヘルパーが在宅することもまばらで、Aさんが一人で過ごす時間が目立っていました。そうしているうちにAさんは次第に弱ってきて、さらに介助や看護を必要としていたのですが、ケアマネジャーの動きが遅いのが気になりました。何とかしなくては、と思っていた矢先のある日、帰宅した娘さんによって呼吸が止まって動かなくなっているAさんを発見したのでした。 (つづく)
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