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コラム
 
医療経営は究極の知的ゲーム 
 日本大学教授 
医師 田中 伸明 氏 

 医療経営をゲームと言ったらお叱りになる方も多いと思う。ここでは医療経営がゲームで、しかもかなり高度な知的なゲームであることを理解することで、保険請求漏れ、医療管理に日々ギリギリに戦っている医療経営の新しい視点が提供出来ればと思います。

 そもそも私達は子供の時代からゲームが大好きだ。かくれんぼ、缶蹴り、トランプ、かるた、将棋、囲碁・・、チェスやオセロ、ニンテンドーなど世界に広く普及している。成長すると次第に射幸性の高いゲームを志向する。射幸とは「僥倖(思いがけない幸せ)や偶然をあてにして利益を得ようとする行為」で所謂ギャンブルである。
 どうして私達はゲームがすきなのだろうか? まずはゲームには相手との競争「勝った負けた」の競争性にエキサイトする。常に勝ち続けるゲームはゲームでない。常に負けないゲームは八百長と呼ばれゲームから排除される。「勝ったり負けたり」がゲームの本質である。さてこの論理で医療経営はゲームか?というと、まずは「医療経営で勝つ(利益が出る)のは良いが、負ける(赤字)は困る」。しかも射幸性、つまり偶然をあてにして経営が行われていない。
 別の意味でのゲーム性を考えてみよう。例えばスポーツは洗練化された社会的なゲームで有ることは言うまでもない。スポーツのゲーム性を保証するのはルールである。ルールがなければ、ゲームでなく唯の喧嘩である。例えばサッカーでは手を使わない、ラグビーではパスは後方にしか渡せない、そして第三者としてのジャッジする審判が居る。これがゲームとしてのスポーツで、ルール・活動の制限にゲームの本質がある。

 それでは医療経営のルールはどうなっているであろうか。治療サービスは保険診療「療養担当規則」で制限され、診療報酬は保険点数として全国一律、診療所、病院は都道府県の許可が必要、宣伝は極めて制限されている。医療では、サービス商品の制限、価格統制、提供場所の制限、宣伝制限がルールの基本である。これはマーケティングの4P、product price、Place、Promotion がすべて制限されている事を示す。この窮屈に感じるこれらのルールが、ゲームとしての医療経営を支えているのである。医療とは厚生労働省を審判とする、商業的活動を極めて厳しく、しかし巧妙にルール化された「極めて知的な社会ゲーム」なのである。ルールの変更によってゲームは大きく変わる。だからこそ、私たちは行政の動きに敏感なのである。

 これら制限ルールはプレイヤーである医療機関に取ってはすべて平等である。そして活動の制限は、制限であって禁止ではない。工夫次第では、その制限が競争優位にすることも出来る。このルールの元、如何に知的に巧みにゲームを行うか、ルールを熟知し、チームを巧みに組織しゴールに向かう、このゲームの覇者が、21世紀の医療界の覇者となる。

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